釣り人もやがては死ぬ。
しかし、
河は眠らない。」
25年前(1989年)の12月9日、芥川賞作家「開高健(先生等の敬称は以下の方も含めて省かせていただきます)」が、この世を去っています。生年が1930年の12月30日ですので58年の短いというべき生涯を駆け抜けました。
集英社の季刊誌「Kotoba」にて、没後25周年記念特集号が発売されております。沢山の方が開高健を偲んで、その追悼文が掲載され、その足跡や、「その豊穣なる文章世界」に想いを起こしています。
夢枕獏もその一人として追悼文を寄稿しています。
「『オーパ!』旅する文豪、釣りする小説家」と題して…。
そっくりそのままご紹介したいのですが、失礼に当たります。
そこで一部だけ。
『フィッシュ・オン』の「アラスカ」の中から、抜書きを紹介した後、
「いいでしょう。
凄いでしょう。
たまらない文章でしょう。
『黄昏が手に沁みてくるのを感じながらすわっていると』
ですよ。
こんな文章考えて書けますか。
書けません。」夢枕さんの絶賛の表現です。
文豪が愛した銀山湖に流れ込む川岸に、開高健の文字で「河は眠らない」の石碑が建っているそうですが、以下少し引用します。
それでいい。』
数回前のこのブログでご紹介した「寿屋のコピーライター 開高健」を出版なさった坪松博之も「『裸の王様』に見られる父性愛」として初期の作品をテーマに、開高健に於ける父親の存在を取り上げています。その終段にてやはり「フィッシュ・オン」を取り上げています。長くなりますが…。
一回産卵するだけ。一回射精するだけで一生が終わってしまう。
子供は翌年の春、岩の下で卵から孵って、親の顔を知らな いで一人で育ってゆく。非常に孤独な生涯ですね。』
さらに、輪廻、転生へと思い走らせ『形が変わるだけである。
エネルギーは不滅であり、減りもしない、増えもしない、善でも
ない。悪でもない。』と言葉をつないでいる。」(中略)
そして終わりに「開高はこうもつぶやいている」として、このブロ
グ書き出しの「河は眠らない」で締め括っています。
重松清は『ずばり東京』を取り上げ、更に終段、山口瞳の『世相講談』を俎上に、「好一対の存在」であったとして、一部を抜書きし追悼文を書いています。これもご紹介したいのですが、余りにも引用が多すぎですね。
年内にもう一回は、この特集号を中心に書きたいと、思ってはいますが。
穏やかな流れの巴波川では鴨さん達の数が増えております。