2018年6月24日日曜日

「藤原実方、陸奥左遷説」を正す。

 先週、神奈川県小田原市から5名のお客様がお見えになりました。朝9時前、つまり開店前のご来店でしたので、いささか慌てての対応となりましたが。
 
 「神奈川県勤労者山岳連盟・小田原ナーゲル山の会」という登山愛好会の方達です。前日、リーダーの方からお電話がありまして、「小倉百人一首歌枕登山」として、歌枕に詠み込まれしその地を全て訪ね歩こう、とのご趣旨だそうです。
 その第一回目として「百人一首」の第51番歌(これは栄誉ある順番なのですが)に出てくる「藤原実方の『かくとだに えやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆるおもいを』」の地を訪問することにしました、とのことです。
 わざわざ遠方から訪ねて下さるわけですが、登山というご趣旨からはあまりにも単に小高い山に「伊吹山善応寺」というお寺の観音堂が残されているだけですが・・。と、お話したのですが「さしも草もその地に残っていればそれもぜひ拝見したい」とのご要望でした。

 確か一月前位に善応寺様には私が行ってきたばかりでしたが、さしも草は参道の石段脇にいくらも残っていない状態でした。    
 ところが、かのこ庵のお店の前のプランターでは、毎年元気にさしも草が勢いよく成長しておりまして(写真の如く)、その旨お話ししましたら、「当然、藤原実方に関するご本も出版なさっているのは承知していますので、かのこ庵さんも訪問先に入っております」ときました。

 いやはや無視できない有難いお話にて、かくのごとき次第となりました。皆さん、早朝からの出発だったようでして、伊吹山を拝観しての帰途のお立ち寄りでした。その足で次の目的地だそうですが、福島県の月山の近く湯殿山のある「信夫山」に向かったようです。「みちのくの しのぶもじずりたれゆえに みだれそめにし われならなくに」の信夫山です。
 中高年の方の登山ブームという事ですか。拙著(何て呼べるものではないですし、まさに冊子のごときもの)の購入をも求められましたが、残数2冊でしてお断りしました。しかし、そんな会話の中で、「実方左遷説」の話が出てきました。
 忙しい時間帯でしたので詳しくは話せませんでしたが、「左遷」ではありませんと話しましたところ、驚いて喜んでおりました。


 以前から書き込みたかったことがあります。「実方左遷説」に関してです。
 千葉県に「和洋女子大学」がございますが、そこの「人文学部日本文学科」の教授をなさっておられる安藤享子教授が「実方説話生成考」として論文を出しております。池田亀鑑博士や、竹鼻續先生の出典を考慮に入れつつ、「後拾遺集」や、「実方集」を読み解き 「実方左遷説」を以下の如くまとめ、締め括っております。
 
 つまり「実方の陸奥赴任」に関し、「『源氏物語』に歴史を読もうとしている『河海抄』で、実方の陸奥赴任はこれまでに見てきた説話の扱いとは大分様相が異なる。(中略)悲劇的人物としての捉え方は見られない。それどころか将来に大いなる望みを託し、自らの道を選び取ってゆく積極的な姿勢を実方に見ている(以下略)」とまとめています。

 だらだらと書きだしたら止まらない書き込みでして、平安時代物にご関心のない方にはどうでも良き事柄でした。

 少しづつ、又、書いてゆきます。
 懲りずにお付き合いください。





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