何はともあれ、政治系の話は極力書かない方針できました。
私の発言でどうなるわけでもないし、何より馬鹿馬鹿しいというのが先ず有ります。それでも書きますか。
「憲法九条をノーベル平和賞に」という運動が進められており、一賛同者としてクリックしてあります。その団体から一昨日ですか、名乗り出ない「女性蔑視の野次発言者をどう思うか」としてメールが入っていました。名乗り出るのは当然の事でして、その旨の「賛同」にクリックいたしました。
しかし、51歳の男性都議が35歳の女性都議に陳謝する際「先生には誠に申し訳なく・・・」と話していました。昨今の政治家の言葉の選びようがお粗末過ぎます。ここは当然「塩村議員には・・・」と発言すべきでしょう。議員同士で先生、ですか。
しかし議員を辞職しないそうですが、奥さまと3人のお子様がおられる方です。ご家族が肩身の狭い思いをしておられるだろうことにお考えも及ばないのでしょうか。何より、そんなにも政治家とはお金儲けになって辞められないのでしょうか。
余りにも被災者、被害者、差別される者への配慮が無さ過ぎます。
ヘイトスピーチにしても同じです。そりゃあ私だって隣国の政治家さん達の行動には、辟易もしますが。
阿部お坊ちゃんの心情を理解することはかなり抵抗はありますが、それにしてもねー。
ところで、「アジェンダ、アジェンダ・・」と叫んでいた方の姿がこの二か月消えてなくなりました。国会には本会議を含めすべて欠席届を提出しているそうでして、地元の後援者回りをしているそうです。議員としての報酬は返上しての事なのでしょうか。
それら、これらを選んだのは私たち国民ですが、少し振り返って反省いたしましょうよ。懲りない人々は別にして。
昨夕の雷雨は凄まじいものがありました。只今、又も雷名がとどろき始めております。今年のお天気は何かひどく半端な様子がありません。怒っているのでしょうか、呆れているのでしょうか。
一先ず、シャットダウン致します。
何とも書き込みが滞っておりまして、我ながらもう一寸何とかならないのかと、手前勝手に忸怩たる思いをしております。
この不陽気に加え、所詮は閑散期なはずなのですが、新店舗をオープンしたようなものでして、取引先様との不慣れな関係もあり、相変わらず私一人が追われております。大したことではなさそうな事でも、表示の問題や、例えば全品のバーコードの登録からその打ち出しと細かい作業が毎日必ず必要事項として時間を取られてしまいます。
メールも容量の関係で送受信が思うようにいかなかったりしてます。アナログオッチャンにはしんどい作業が続きます。CATVの安心サポートに入っていますので、メンテの人を呼ぶこと、再々となってしまっている現状をご理解ください。
テレビも余りどころか、殆どニュースやちょこっと野球中継を見る程度でして、しかも早寝早起きが身についてしまいました。
でもタイトルに引かれ録画してみている番組がタイトルのドラマです。私は凡そドラマなんか見もしないタイプでしたが、小泉今日子がいい熟女になって登場してます。その割に相変わらず可愛いですけどね。
先週の番組の中で、中井貴一との珍しく(いつもは口げんかのシーンが多いのですが)しんみりとした場面がございました。ご覧になっている方には、笑われるかもしれませんが、キョンキョンが中々に意味深な台詞を話してました。
曰く「歳を取るのも面白いなあって思って…。分からなかったことがわかるようになって、分かると思っていたことが分からなくなったりして・・・」。冷酒を間に「ヤレヤレ、乾杯・・・」てな話ですが、面白くも何ともないですか。私がいささか痴呆になったかということが言いたいのではなく、最近、量販店の若いバイヤーさん達を含めて、このところ新しい人間関係が増えています。
そんな中で、以前ならこの人はこんな感じの人だろうと半端ながら理解できたものですが、これが分からなくなってきました。今現在、かのこ庵には今年大学に入学したばかりの若い娘が二人バイトとして在社してます。これ等を含めて、どうにも何を考えているのか理解できない時があります。まあ、あんまり深く考えることではなさそうですが、見えてきたこと、見えなくなってきたことがつい気になってしまいます。
流石にこの歳では「歳をとるのも面白いかなあって・・・」雰囲気にはなれそうもないですが。
今回は誠にどうでもよい書き込みでした。
先月、無理を承知で強行突破というか、半分仕事でしたが温泉に行ってきました。ホテルへの納入業者で作る協力会というのがあります。この代表ではないのですが、殆ど代表の様な感じの幹事を務めてまして欠席叶わずでしたが、でもよかったですよ。時には思い切って時間を作らなければ、ねー。
福島県母畑温泉「八幡屋」です。
設備、料理、対応全てが超一流でした。風評被害もあるでしょうが、あの一所懸命な社員さんたちを見てると、又、時間を作ってと思います。こう言っては何ですが、そんなにも遠くない所で、交通の便もよく、泉質もよく、新緑の中、最高の時間を過ごしてきました。その時の写真を何枚か掲載しました。
爽やかな風を感じることが時折ございます。何といっても初夏ですか。お店は一段落となりましたが、相変わらず、市内の量販店4店をフォローしてます。五月のG/W明けに若い社員が一名、寿退社いたしまして、その不足分をアルバイト2名で何とかやりくりしている、という現状でして楽させていただけません。
6月早々には少しこの業界になれたパートが1名入社の予定です。いくらか楽をさせてもらえるかと、期待してます。
それにしても「そんなに稼いでどうするんだ」の声も聞こえてますこと承知してます。ただ単に向上心からの働きぶりではなく、やむを得ない、しがらみもあっての現状ということです。体が動くうちは一所懸命働きます。
そんな中、リンボー先生の著書「夕顔の恋」をなるほどなーの思いで読了しました。渡辺淳一先生の作品は殆ど読んだことがありませんでしたが、老いらくの恋が、叶うならチャレンジもして見たくなりますが、この忙しさと、齢でございます。昔の事を振り返って、「アーあの時こうしていれば、あれはこうもなったかなー」なんて未練な夢を見たりしてます。
「じっさい、夕顔という人は、源氏から見ればどこまでも『ろうたし』という感じのする女であった。
このラウタシという形容詞は、『労いたし』というのが縮約してできたものと考えられているのだが、つまりは、なにかこう放っておけない、いつも目をかけてやりたい、労わってやりたいと思わせるような健気な可愛らしさと弱さをもった人の形容なのである。」
エピローグには「従順でどこまでも優しく、男を責めない女、子供っぽい甘えと男を夢中にさせる性愛の爛熟、つまりは成熟した肉体と世慣れぬ心の矛盾を内在させた女、夕顔はそういう女であった。」と絶賛してますが、先生も現実には、斯くの如き女性を見出すことはかなり難しいかなとお思いのようです。
女性の理想形としての夕顔という存在を知ってしまった私には、半端な恋はできそうもなくなりました。(何を書いているんだか)
それにしても、本文中に、本文とはとは関係なく現代の若き女性の写真が出てまいります。先生の遊び心ということでしょうか。
実は、今日は朝の内だけ仕事をしまして、私が役員をしております、ある業者の集まりにおける年一回の親睦旅行が午後から、一泊でございます。代表幹事みたいな役回りでして、欠席できません。これ幸いと午後からしばらくぶりの温泉行でございます。後の事は何も考えず、一先ず出掛けてしまうこととしました。好い出逢いでもあることを期待しますか。かなり望み薄でございますが。
後日譚をかすかに期待してください。
しばらくぶりの書き込みです。すみません。それでもお読みいただいている方がすでに4万人を突破しました。
随分とあちらこちらと酔狂にも、色々な事を書いてきました。
全く幅は広いが、全て中途半端で浅い書き込みばかりだと反省してます。
4月の〔草臥〕というタイトルの書き込みで種田山頭火の作品を二句ほどご紹介しました。何故か、ずーっと気になっていたのです。山口瞳先生の「小鰯も鯵も一ㇳ鹽時雨かな」の「時雨」は上手な使い方だなーと思っておりました。でももっと「時雨」を読み込んだ俳句を山頭火は詠い読み込んでいたはずだ、と。
無二の友として岡山県出身の大山澄太先生が残した「山頭火の道」という表題の本を書棚から探し出し、読み直しました。まるで古本屋から買い求めてきたような状態の本です。山頭火の流転、そして行乞、漂泊、草庵住まいの生涯を一冊の本にまとめてくれておりました。
山頭火は亡母47回忌において
「ほんたうの人間は行きつまる
行きつまったところに
新しい世界がひらける
なげくな、さわぐな、おぼるるな」
と、日記に書き残しています。
昨今の私はあまりにもジタバタ、ドタバタのし過ぎですね。
人それぞれにいろいろな生き方があるのでしょうが、私をよく知る身内の長男から言われました。「今の仕事三昧も結局はおじさんのライフワークなのではないですか」と。嫌いでは出来ないでしょうが、好きでもないのですがねー。やりたいことや、趣味の多さでは自信があるのですけれど、仕事だけの日々ですね。
「時雨」を詠みこんだ山頭火の作品を紹介します。
・しぐるるや死なないでいる
・しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
・しぐるる土をふみしめてゆく
・うしろすがたのしぐれてゆくか
・右近の橘の実のしぐるるや
・おとはしぐれか
・しぐるる夜のしんみり考えること
・しぐるるや道は一すじ
きりがないですね。まだまだ「時雨」の作は有るのですが。
ではその他の私が気に入っている俳句をいくつか…。
・松はみな枝垂れて南無観世音
・あざみあざやかなあさのあめあがり
・酔えばやたらに人恋しい星がまたたいている
・どうしようもないわたしが歩いている
・分け入っても分け入っても青い山
又、日記の中で
「山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆうべもよろし」
五月の節句以降、お店はヒマになりましたが、中々にまとまった時間が取れません。鉄鉢をもち、足を棒にしての行乞。あんこ片手にまんじゅう作りの私。もう少しの間、まさに一所懸命でございます。
交差点にあるご近所の東屋の手前に道標が出来ました。ご自宅(?)の庭の中にです。下の写真はかのこ庵の隣のファミリーマートにて、栃木のサッカーチーム応援のためそのユニホームを着用している名物おなじみコンビのお二人です。共に驚かせてくれてます。
入進学シーズンも過ぎ、少しは一段落するかと思っていたのですが、甘い見通しでした。栃木市内は13日から市長選と市議会議員選挙がスタートしてまして、もはや終盤戦です。
ありがたいことなのですが、一騎打ちとなりました市長選、そして日頃からご贔屓いただいている市議会議員さんの両陣営からお赤飯のご注文が、半端ではない数で入ってきております。
13日の出陣式、20日の投開票日にと、当選を見越してのご注文です。昨日の定休日は半日が仕事、残りは両陣営のために動き回っていました。本来、私の様な商いを営む者が、特定の候補者を応援することは甚だまずいのですが、日ごろお世話になり、又よきお客様でもある場合、色を出さざるを得ません。
この週の日曜日はかくして赤飯一色の極めてビジーな、そして力仕事が必要なハードな日となりました。G/Wも控えています。いましばらくの辛抱です。
一昨日、ベッドに入ってから気づきました。いや、思い出しました。柏餅の事を考えていたのですが、突然、山口瞳先生の奥様、治子様が「私は柏餅は味噌あんが好きなのよ」と仰られたことを。
ということは、・・・あ、そうだ、あれは先生が慶応病院に入院されているときのお見舞いに持参した柏餅の味噌あんの事だと。
ということは、・・・G/W前の事、しかも先生がお亡くなりになられた年の事だったと。
今日は4月17日ですが、「男性自身」も最終章を迎えようとしている時期の事でした。早速起きだして「江分利満氏の優雅なサヨナラ」を開いてみました。
家内を同伴して慶應病院を訪れ、お見舞いしたことが先生の作品中に記されています。4月16日の事でした。流石に先生は少しお召し上がりになっただけでしたが、治子夫人が美味しそうにお召し上がりいただけた事が、今はっきりと思い出されます。先生もお元気でした。栃木市に来られた時に、市内の骨董店で先生がお買い求めになった佐渡の小さな石仏の話が出ました。いささか緊張しておりましたので、詳しくは思い出せません。でも、自宅の庭に置いてあって「家内が殆ど毎日、石仏に手を合わせていますよ」、と話されたことを思い出します。
19年も前の昨日の事だったのでした。
そうです。あれ以来、私が佐渡に旅したのはかなり前ですが、
私も同様の石仏を探し求めて、骨董店を覗く日々がありました。しかし、栃木市内のその骨董店にも、佐渡でも見つけ出すことが出来ずに今日に至っております。
「男性自身シリーズ最終巻」のタイトルは「優雅なサヨナラ」となっていますが、ご子息、正介様の先生の最後をお書きになったご本の中では「かなりひどい痛みを抱えての旅立ちであった」ようです。ただ、ホスピスから自宅に戻られて自室の寝室に横たわれておられた先生のお顔は、実に穏やかなものを感じましたが。偶然にしても、いかに私淑しているとしても、一介の和菓子屋の店主には貴重な出会いでございました。
実は私、先生がお亡くなりになった同じ歳になっております。
あまりにも早すぎる御逝去です。