2013年1月4日金曜日

「曙光の予感」和哉

 目の前を巴波川が静かに流れています。
 でも昔、この川は暴れ川だったそうです。
 眼前の流れは殆ど90度にカーブして、堰を沢山の水量をもって川下へと流れていきます。このカーブの川べりは,昔、三番堰と呼ばれたそうです。詳しくは記憶がないのですが、この近くで泳いだことがあります。
 しかし、この三番堰での遊びは誰からともなくきつく止められておりました。何しろ相当の深さがあったようでして、大人たちは素潜りでなまずや、うなぎ、鯉などをつかみ取りした話だけは覚えています。
 この地に住み着いて間もなく半世紀が経とうとしています。
 よく、一時間前の食事の中身が思い出せないのに、今、あの当時の事だけは、はっきりと、とはよく聞く話です。どうやら私もそのお仲間入りのようです。

 栃木市の中心部を縦貫して流れる巴波川に隣接した、借景としてはとても素敵なポジションに住んでいる幸せをかみしめています。直木賞作家の故、山口瞳先生は拙宅にて、家内の手作り苺ゼリーをお召し上がりになりながら「車には不便だが街なかとは思えない静かで良いとこだね」とおっしゃって下さいました。詳しくは先生の「男性自身」に出てまいります。先生のお住まいも国立市の閑静な住宅街にございましたが、深夜、酔っぱらいの声が執筆中の書斎に直に聞こえてくる、と話しておりました。作品の中にも書いておられます。我が家も静か過ぎるゆえに、深夜の歩行者の話し声がはっきりと聞こえます。

 新しき年を迎えまして、本音は静かに残り少なくなって参りました現実を、それでもこれからの事々をじっくりと考えたく思っておったのですが、現実は唯々追いかけられる日々を年をまたいで 過ごしておりました。因果な商売でございまして、皆様がのんびりなされております時が実は稼ぎ時、という事でございます。
 今回の書き込みは、実は当初、小説風な、エッセイ風なものにと考えていたのです。
 何度か挑戦はしております。梗概はできてもおりますが、およそ400字詰めの原稿用紙で30~50枚くらいのところまで行くのですが、それから先が、早い話、己の浅学に呆れて放り出してしまう、と同時に、根気が続かない惨めな私がおったという事です。
 表題は「曙光の予感」ときまっておりました
 今夜は流星群がみられる夜なのですが、歳です。何よりもお陰様で忙しいのと疲れておりまして、腰痛がまた出ております。その上に、風邪でも引いたら目も当てられません。今宵は眼下の流れを見て、夜空は…、如何致しましょう。
 この書き込みをしております時間は、だいたい私の就寝時間でございます。明日、お眼めがいつも通りに眼覚めますことを願いまして、画像無しの書き込みを閉じさせていただきます。
 又、明日もう少し書きます。
 おやすみなさい。

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